これは、僕の経験とただの日記さ。
追記:感情的に書きすぎてゴチャついてます。
2025年12月に日本へ引っ越してきて
冬は4年ぶり。20代は冬を多く拒否し、
新卒から数えて合計2年ほどしか冬を経験しませんでした。
だから3度目の冬かな。
とにかく寒さに慣れなくて、
毎日UNIQLOの「一番暖かい」ヒートテックを着てる。
クリスマスに1本メルマガを送付したのち、再びゆっくり過ごし
ブッダ式瞑想を週3〜5日のペースで行ってきました。
ブッダの教えの智慧を超簡単に説明すると
学習して経験して智慧にしろ
と言うものですが、瞑想は本当にやってみないとわからないことばかりです。
AIに聞けば、瞑想を長くして気づく先の状態などを言葉で説明してくれますが、体験しないとよくわからない。
・ピティってどんな感じ?
・悟りの感覚は?
・心はどこにあって、思考はどこにあるの?
のように自分で全て経験して感じてみるしかない。
AIで学んだことがあまり腑に落ちないことが多々あっただけど、これは経験してないから。教科書で読んだ程度の記憶にしかならない。
SNS、Youtubeでも同じ。、見聞きした情報を記憶し、いい言葉だけを吐くこともできる。しかし透けて見える。自分の書いた文でも透けている記事と芯から伝えたくて、書いた記事は全然違う。
本当に辛くなった人が復活して吐く言葉と成り切りで吐く言葉では重みが違う。一言だけならどちらも一緒だが、線として語る言葉に違うが出る。
「いい言葉だけ吐く」のはバレちゃうけど、そんないい言葉を吐くことに力を費やした瞬間も悩みや苦しみはそこに存在してて、瞬間も可愛く思う。
間違いなく僕は何に対しても「やれます!」と言う「やれますニキ」だったし、そこに深みなんてない。
いい言葉を並べて心を伝えようとした時もあるし、テキトーにバズらないかな〜と思って書いたXの投稿とかある。
そうして、言葉を伝えようともがいたから瞑想したり文字書くのが好きになったりしたし、「やれます!」とだけいってとにかくアピールして最初のHP制作案件受注しりした。どんな瞬間も悪くないんだよ。
大人になると一個の挑戦の先まで想像してしまいます。
・どのぐらい大変かな
・時間はどのぐらいかかるかな
・どのぐらい熱量あるかな
なんて考えてしまう。「考えすぎ」なんですよ。
新しい挑戦に対して稼げる限界値とか、売り方とか、想像しすぎてる。
バカみたいな夢を語って「あいつイタくね?」と言われるぐらいの奴でいたいはずなのに、いつの間にか誰よりも現実見て、諦めてる。
力が沸いてきた最近。仕事と考えるだけで胃が痛くなったけど心と思考と体がうまく分離してきたように思う。
んでさ、馬鹿げた夢だけど、心の声をもっと届けていきたいと思うようになった。心の声を届けることで救える人が一人でもいるかもしれない。共感だけでも救われる。
本気で辛くて音楽聴いて泣いちゃうような日々を過ごした。一滴の影響やCORE PRIDEで泣いたし、サンボマスターのMCで泣いた。ロックンロールがやってきたって言葉に救われた。
「何かに熱中して何かを生み出す人ってのは大きな絶望や大きな失望をしている」と言うのが青年期の自分が売れている芸能人に見ている見方だった。
旧友のジュノンボーイになった男は確かに欠けている部分がある男だった。そして自分は幸せすぎると思っていた。試練のない人生だと。
だから試練を求めて海外に行った、海外に行けば死ぬほど辛くなる経験をして成長できるかなと思ったから。
毎年、初詣で願うのは「どんなに辛くてもいいから、自分を成長させるイベントをください」だった。
これは毎年願う内容の一つ。そして29歳。思いもしなかった、「海外にはもう行けない」が自分にとって一番の苦しいイベントになることに。
死ぬほど苦しい経験をして成長したい=海外で一人で生きていけば成長できるかも=海外好き
になっていたんだよね。
そして今、海外に行くを封じられることが最も苦しくなる。
なんだか神のお遊びみたいじゃない?
自分の大元は多くの経験をしたいと言うこと。経験して成長したいと言うこと。
だから自分で帰国を選んだのかもな。もう一年タイにいても変化の総量はさほど変わらない。それにも気がついていた。
成長したいという核は変わらないんだね。
また一歩づつ進んでいこうと思う。
バカみたいな夢を見て。

